東海道を歩く

2007年03月13日(火) ~2007年03月30日(金)
総歩数:756832歩 総距離:514km

2007年03月24日(土)

吉田~御油~赤坂~藤川~岡崎

曇りのち雨

7時35分に出発。今日は午後から雨という予報が出ていたので、雨が降り始める前にとにかくいけるところまで行こうと思い先を急ぐ。

豊橋を渡り左折し豊川と並行してしばらく行くと下地一里塚跡碑がある。日本橋から七十四里目の一里塚だ。

豊川放水路に架かる高橋を渡ると「子だが橋」碑がある。
昔、莵足神社の大祭の日に最初にこの橋を渡った娘を生贄とする風習があり、あるとき捕まえてみると自分の娘だった。しかし自分の娘といえど仕方がないといって生贄にしてしまったということだ。昔はこのように生贄にまつわる悲話が全国のいたるところにあったのだろう。

10時6分 御油本陣跡を通る。 吉田宿から2時間31分 17279歩。

P3160109-1ここは昔油を生産し、御所や国府に献納したということだ。そのことが地名の由来になっているのだろう。この御油宿と次の赤坂宿との間に慶長9年(1604年)に整備されたという御油の松並木がある。350本の松並木が600m程続く。昭和19年に国の天然記念物に指定されている。

10時46分 赤坂本陣跡を通る。途中休憩を入れたため36分かかってしまったが、歩数わずか2384歩の距離だ。

P3160110-1五十三次の中では最も短い距離の宿場だ。
赤坂宿では大橋屋という旅館が正徳9年(1716年)に建てられたままの状態で残されている。間口9間奥行23間の当時としてはとても大きい旅館だった。このあたりは昔からの道がそのままの雰囲気で残っており落ち着いた風情を醸し出しているが、一方で道幅が狭く歩道がないのに車の往来はかなりあり歩きにくかった。すぐ近くを国道一号線が走っているのにこんなに車が多いのは何故なのだろうとちょっと疑問に思った。
杉森八幡宮がある。ここには樹齢が1000年という一本の根から二本の幹が出ている楠があり夫婦楠と呼ばれているそうだ。
しばらくは山間の谷間を歩く。人家は道に沿ってほぼ途切れなくあるものの奥行きがないため数は少ない。

12時ドライブインがあったので入って昼食。20分ほどして歩き出すと間もなく雨がパラパラと降ってきた。
天気予報は当たった!イヤだなと思ったがあまり雨足は強くないのでそのまま歩くことにする。

13時43分 藤川宿本陣跡を通る。赤坂宿から2時間57分 15116歩。

藤川宿を過ぎると藤川一里塚跡があり、その少し先から松並木が残っている。
松並木は時々途切れるが、坂下橋の先までかなりの距離続く。なかなかいい並木道だ。
やがて大平一里塚を過ぎる。日本橋から八十里目の一里塚だ。
雨は依然小降りだが降り続いている。このあたりに宿はないので岡崎に行くしかないのだが、幸い道に沿う形で名鉄が走っているので雨がひどくなったときはもよりの駅から岡崎まで乗り、明日引き返してその駅から歩けばいいと決める。雨は終日降り続き、時に雨足が強くなるときもあったが結局岡崎まで歩いてしまった。

岡崎二十七曲碑がある。天正十八年(1590年)家康が関東に移封した後入城した秀吉の家臣田中吉政が整備したのもので、城の防衛の意味とクネクネと道の曲がり角を多くすることで総延長が長くなり、その分商店の出店する場所も多くとることができるという狙いがあったとされている。中々に良く考えられている施策だ。ここからの道は確かに曲がり角が多い。

15時50分岡崎宿を通ったが、本陣跡はどこなのかわからなかった。道沿いにあった本屋さんに入って聞いてみたがよくわからないとのこと。問屋場跡を目安とする。藤川宿から2時間7分 11836歩。
手元の資料ではこの間の距離は10kmとなっているが、ここも感覚としてはそれよりも短いように感じた。

16時15分 東岡崎にあるホテルに到着する。

本日の歩行時間 8時間40分 
本日の歩数&距離 46854歩(約31.9km)

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