この道は情報が乏しく、道が全く失われている箇所もかなりあって、やむをえず国道、県道を歩く部分がかなりありました。そうした中、今回も地元の郷土史家の方にお世話になり、とても助かりました。

萩と赤間関(下関)を結ぶ三本の道のうち、最短距離の街道で、最もよく利用された道でした。
何ヶ所か荒れてはいるものの旧道が昔のままの姿で残っていて、歩いていてそれなり楽しい街道でした。

 3月10日の山口地方を襲った大雪で、まだ山の中の道端には少し雪が残っており、また倒木があったりしましたが、道はきれいに整備されており、標識も数多く立っていて、とても歩きやすい街道でした。
 もっともそれなのに道を間違ってしまいましたが。。。

 今年最初の街道です。情報の収集に時間がかかり、ようやくそろったと思ったら雨天続き。
 歩いてみると道が失われていたり、狩猟の現場に遭遇したりといったハプニングがありましたが、それでも無事歩き終えることができました。

 道が分かりやすくてアップダウンも少なく、歩きやすい道でした。
これで今年は一応歩き納めです。

 今年は九州内の街道を歩くということを目標にしてきましたが、一年間で12街道、1254.8kmを歩きました。
無事に一年を締めくくることができホッとしています。

この街道も初日は道が失われている峠を越えましたが、幸い今回は地元の方に案内をしていただいたので、道に迷うことなく歩くことができました。
師走に入り、すっかり寒くなってきており、人吉は濃い霧の中でした。

かなりの難敵でしたが、無事鹿児島にたどり着くことができました。
何ヶ所か旧道がわからない場所があり、また高岡~都城間は山の中の道で狩猟期間中は危険という地元の方のご意見から歩きませんでしたが、禁猟になれば改めて挑戦したいと思っています。
かなり苦労しましたので、その分思い出に残る街道になりそうです。

大分〈豊後)から宮崎〈日向)へ至る道は大変な難所。
梓峠では遂に道を見つけることができず、踏破を断念しました。
そのため、一部空白部分ができてしまったのは極めて残念です。

秋も深まってきましたので、歩きを再開しました。
今回は日豊本線沿線の日向街道を鹿児島まで歩いていく予定にしていますが、日向街道という名称は通称だったようで、資料によるとそれぞれの場所によって、豊前街道、豊後街道、薩摩街道と言われていたようです。そのため、同様に区分けして掲載しようと思っています。

 HPを開設して約3年で10万人の方々に訪問して頂きました。退職後始めた「歩き旅」の足跡を記録として残しておきたいと思ってHPを作り始めたのですが、これほど多くの訪問者があるとは全く思ってもみませんでした。それだけにとても嬉しく思っています。ありがとうございます。
 無芸、無趣味の私は引退後何をするかが大きなポイントでした。 とりあえず以前妻と一緒に四国を19番まで歩いていましたので、妻の写真を持って19番から88番まで歩こうということだけは決めていました。ただそれだけではライフワークにはなりえないので、「歩いて日本縦断」に挑戦することにしました。
 主に国道を歩いた北海道の旅が明日で終わるという日に、テレビで旧街道を歩くという番組を見て、初めて「街道歩き」ということを知り、以降それに挑戦を始めて今日に至っています。
 ただ、予想外の訪問者の数に刺激され、最近では「気ままな旅」ではなくなってしまい、「一生懸命」にならざるを得ない毎日ですが、これからも頑張って歩いていきたいと思っていますので宜しくお願い申し上げます。