民話を読む~江戸時代初期の日本橋に伝わるお話~
のっぺらぼう
まだ徳川家康が江戸にやってくる以前、江戸はまだ寂しい寒村で、牛込辺りには狐や狸が棲み、四ツ谷辺りでは鹿の鳴き声も聞こえたという。その当時、現在の日本橋四丁目付近は、罪人を処刑する刑場や斬られた首を晒す場所があって、人に好かれない場所だった。
家康が幕府を開き、江戸の町が急速に発展して、豪商の屋敷や土蔵が軒を並べても、四丁目の所だけはろくに人家もなく、櫛の歯が抜けたようになっていた。そうした四丁目の竜閑川(りゅうかんがわ)に架かった地蔵橋のそばを、一人の町人風の男がてくてく歩いていた。神田の北乗物町へ行くには、そこが一番の近道だったからだ。
辺りは人っ子一人歩いておらず、日はやや薄暗くなってきている。橋の手前にある木のたもとに、一人の若い娘がしゃがみこんでいるのが見えた。
男は、
(人の嫌がる道に、こんな若い娘がいるなんてどうした理由だろう)
と思い、足早に娘に近づいていくと、どうやら娘は泣いているらしい。
声をかけ、娘の肩に手をかけた。娘が顔を伏せたままじっとしているので、男が、
「もし、どうなさいました。何かあったんだったら、私に話してごらんなさい」
声をかけ、娘の肩に手をかけた。娘が顔を伏せたままじっとしているので、男が、
「まあ、顔をお上げなさい・・・・」
と顔を覗き込むと、娘が不意に顔を上げて男の方を見た。すると、その娘の顔には、目もなければ口も、鼻も眉毛も1本もない。男はビックリして、腰が抜けそうになりながら夢中で走った。
「のっぺらぼうだー!」
男は無我夢中で北乗物町の知人の家へ逃げ込んだが、その日から具合が悪くなって病の床についてしまったということである。
※この民話にでてくる竜閑川は、かつて日本橋と神田川の境を流れていた川で、明治維新後に埋められ、今は交差点の名前にその名残があるばかりとなっている。大和橋交差点(靖国通り)、鞍掛橋交差点(江戸通り)、龍閑橋交差点(外堀通り)、今川橋交差点(中央通り)など、全て竜閑川に架けられていた橋の名前である。
