実際に「歩いて」「走って」集めた『人力』旧街道紹介サイト
人力運営スタッフは、旧街道ウォーキングの良さを伝えるべく西へ東へ。
先日徒歩による日本縦断を完遂した人力のスーパースター「かっちゃん」が愛用しているらくらくホン。
このらくらくホンを製造している富士通株式会社の執行役員石川亨ご一行様と、弊社人力スタッフにて、箱根旧街道ウォーキングを行ないました。
まずはご紹介から。(写真、右から)
石川氏:少し前からジムに通い始めた。らくらくホンを持参。
細谷氏:今回の紅一点。普段はあまり歩くことはない。
松尾氏:やはり、普段はあまり歩くことはない。らくらくホンを持参。
人力運営スタッフからは5名が参加し、計8名の編成での箱根路となりました。
小田原駅で合流した我々は、レンタカーで出発地点へ向かいます。
今回のウォーキングの出発地点は、箱根の畑宿。この畑宿には、東海道中、唯一形態を留めている一里塚(江戸時代、幕府が街道を整備した際に一里ごとに設置した道しるべ)があることから、出発地にふさわしいということで選ばれました。
目指すは甘酒一筋400年の歴史を誇る老舗、甘酒茶屋。終始上りの約3kmの工程。水先案内人は、既に訪れたことのある輪人わんが務めました。
スタート地点で写真を一枚。表情にはまだまだ余裕があります。ポケットの中には、歩数計機能の付いたらくらくホンが、しっかりと入っていました。【以下、会話中、敬称略。】
松尾 「一里塚…これは立派なものですね。」
石川 「いや確かに。想像より断然、大きい。」
わん 「昔の人は道中、一里塚を拠りどころに旅をしていたみたいです。」
石川 「現代でもかなり目立つなぁ。」
畑宿一里塚の先、石畳の道が始まります。
松尾 「昔の人は、老若男女、誰もがこの道だったんだろうね~。敬服するよ。」
わん 「大名行列も通った道ですからね~。」
松尾 「今の我々と違って、荷物も多く持っていただろうしなぁ。」
わん 「本当に、頭が下がります。」
石川 「逆に、現在のように道路を整備した苦労にも感服…だな。」
わん 「確かに、旧道を歩くとそれを実感しますね…。」
そんな会話をしながら、鳥のさえずりと、かすかな川の音を聞いて、風情のある石畳を上っていきます。
まだまだ、ポケットのらくらくホンを取り出して、写真を撮る余裕もありました。
西海子坂を上りきると、県道を縫うように上がっていく七曲り。車の往来も多いですが、歩道があるため、危険は少ないです。
細谷 「やっぱり、道路に出ると排気ガスが鼻につきますね…。」
石川 「そうか?あまり感じなかったが。」
他の場所で空気が良いため余計にそう感じるのか、この七曲り、いわゆる走り屋の中でも有名なところらしく、ウォーキングの最中も、後輪を滑らせて曲がる車に1台出会いました。当時街道を整備した徳川家康公も、あの世でびっくりしているかもしれません。
この辺りから、少しずつ息が上がってきました。
『けわしきこと、道中一番の難所なり。』とあり、
樫の木の さかをこゆれば くるしくて どんぐりほどの 涙こぼる
の句が、坂の険しさを物語っています。現在は階段になっていますが、やはり急な上りである事には変わりありません。息を上げながら上っていく中で、徐々に隊列が長くなっていきました。
時より、前方からの人とすれ違うことがありましたが、そのたびに、「こんにちは。」と自然と挨拶を交わしてしまう、そんな不思議な力も、旧街道にはあるように思えます。
先行部隊の石川氏、松尾氏、わんの3名は、寄り道と知りつつ、見晴らしが良い場所へ上がることにしました。その場所は昔からの名所だったようで、「見晴茶屋」という茶屋が立っています。今回は甘酒茶屋までは…ということで、ぐっと我慢して景色だけ楽しんで戻ることに。
ウォーキングも終盤。猿も滑るほどの『猿滑坂』、甘酒茶屋に向けての最後の追込み、『追込坂』を越えます。石川氏は、まだまだ余裕がありそうな足取りで、松尾氏と細谷氏は、多少重い足取りで、それぞれ残りわずかな坂を上っていきました。
石川 「しかし、坂にも色々な名前があるもんだな。」
松尾 「昔の人も、目標なしで歩くのは辛かったんじゃないですかね。」
松尾 「『よし、猿滑坂を越えたぞー。』という具合で。」
石川 「それにしても、猿滑坂やら追込坂やら、逆に気が滅入りそうな名前が多いな。」
松尾 「確かに、もう少し展望が開けるような明るい名前にしてほしかったですね。」
そのうち、道は甘酒茶屋へと至りました。
ついにゴール地点の甘酒茶屋。多少の差はあれ、疲れた我々を迎えてくれたのは、名物の甘酒と力餅。しばし感想を語り合いました。
石川 「これまで歩いてきた疲れが癒されるな。」
松尾 「そうですね。餅もしっかりしてる。」
細谷 「着いたときはヘトヘトでしたけど、何だか、まだまだ行けそうな気分になりますね。」
わん 「実はこの先、箱根関所までも、なかなか良いコースなんですよ。基本的には下りですし。」
一同 「…。」
細谷 「折角ですから、関所まで行きますか!」
ということで急遽…緊急企画!箱根関所までウォーキング!

甘酒茶屋を出た我々は、一路関所を目指しました。甘酒茶屋からずっと下りだと思っていたのですが…於玉坂、白水坂、天ヶ石坂と上り坂が続きました。 相変わらず、石川氏&松尾氏&わんチームはずんずん進んでいっていると、遠く後方から細谷氏の声が…
細谷 「話が違うー。」
ついに坂は下りの権現坂に差し掛かります。下りは下りで、足元に気をつけなければならず、慎重に歩を進めていきます。そして、権現坂を越えた先に見えてきたのは、芦ノ湖!
後方からの合流を待つ傍ら、しばし景観を楽しむことに。多少曇っていたのですが、運よく富士山の姿も見ることができました。そして、合流した時の会話…
細谷 「石川さんと松尾さんは早いんですよ。ちゃんと石碑なんかも見てましたか?」
石川 「それはもちろん、ちゃんと見てきてるよ。」
細谷 「二子山の説明も読みましたか?隣に大きな碑、確か…そう、馬子唄の碑があった。」
石川 「馬子唄の碑?そんなものは無かったよ。」
松尾 「確かに、見なかったなぁ。」
わん 「見てないですね。」(あれ?前回通った時は見たような…。)
細谷 「おかしいなぁ、一本道だったし、あんなに大きいものを見逃すはず無いんですけどねぇ。」
結局、8人中2人が見たと言い、残りの6人は見ていないと言います。一つ謎を残したまま、先へ進むことになったのでした。
芦ノ湖から一本左に入るところにある、箱根一里塚跡。この一里塚は、碑が残っているだけで、塚は残っていません。しかしともあれ畑宿一里塚から4kmの工程を来たことになります。
松尾 「ずいぶんと長い4kmだった気がするなぁ。」
わん 「上り下りが激しかったですからね…。」
松尾 「これだけ歩いて、箱根八里のうちのやっと一里だと思うと、やっぱり箱根は大変だったんだな。」
一里塚の付近から先、数百メートルにわたって、杉並木が残されています。この辺りは、杉が見事な上、道が平坦なこともあり、観光客も多い場所です。 箱根関所まであとわずかです。
そしてついにゴール地点の箱根関所。
細谷 「いやぁ、疲れたけど、関所まで来てよかった。達成感がありますね。」
わん 「全員怪我も無くここまで来られて良かったです。」
細谷 「甘酒茶屋を出てから、しばらく上りだった時はどうしようかと思ったけどね。」
わん 「(汗)」
一方、歩数計(らくらくホン)を持って歩いたお二人は…
石川 「結局何歩行った?」
松尾 「12088歩…ですね。」
わん 「おめでとうございます!1万歩行きましたね。」
松尾 「通常の1万歩より、かなりハードだったけどね。」
松尾 「いずれにしても、非常に楽しく歩かせてもらいました。」
石川 「次回があれば、また是非行きたいですね。」
わん 「では、ゴール記念に写真撮りましょう!」
はい、チーズ!
日本縦断達成を成し遂げたかっちゃんを影で支えたらくらくホン。ウォーキングサポートの必携アイテムです。
最新の情報は、下記富士通株式会社のホームページをご覧ください。
(写真は、実際に日本縦断に使われたらくらくホン)
http://www.fmworld.net/product/phone/