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青柳と石田は、明治22年の谷保村との合村までは、それぞれ村として独立していました。現在は「大字」としてその地名を残している。 青柳はその昔、今日の府中市本宿の多摩川南岸の青柳島にあった。寛文11年(1671)多摩川の大洪水により青柳島は流失、現在地に移住し青柳村を開拓した。 石田も青柳と時を同じくして、今日の日野市石田から移住した。 青柳稲荷神社は、青柳、石田の鎮守であり、一間半×二間の覆屋で、2月初午、9月大祭等の例祭が行なわれている。
≫府中~日野を歩く
青柳と石田は、明治22年の谷保村との合村までは、それぞれ村として独立していました。現在は「大字」としてその地名を残している。
青柳はその昔、今日の府中市本宿の多摩川南岸の青柳島にあった。寛文11年(1671)多摩川の大洪水により青柳島は流失、現在地に移住し青柳村を開拓した。
石田も青柳と時を同じくして、今日の日野市石田から移住した。
青柳稲荷神社は、青柳、石田の鎮守であり、一間半×二間の覆屋で、2月初午、9月大祭等の例祭が行なわれている。
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