実際に「歩いて」「走って」集めた『人力』旧街道紹介サイト
当山は、往昔文永11年夏の頃、高祖日蓮大上人御弟子、日朗日向両上人と共に当国御巡化の砌り鵜飼漁翁(平大納言時忠郷)の亡霊に面接し、之を済渡し即ち法華経1部8巻69380余文字を河原の小石一石に一字づつ書写され、鵜飼川の水底に沈め、三日三夜に亘り施餓鬼供養を営み彼の亡霊を成仏得脱せしめた霊場である。 之に従って当山は「宗門川施餓鬼根本道場」として広く信徒に知られ又、謡曲「鵜飼」はこの縁起によって作られたものである。
≫栗原~石和を歩く
当山は、往昔文永11年夏の頃、高祖日蓮大上人御弟子、日朗日向両上人と共に当国御巡化の砌り鵜飼漁翁(平大納言時忠郷)の亡霊に面接し、之を済渡し即ち法華経1部8巻69380余文字を河原の小石一石に一字づつ書写され、鵜飼川の水底に沈め、三日三夜に亘り施餓鬼供養を営み彼の亡霊を成仏得脱せしめた霊場である。
之に従って当山は「宗門川施餓鬼根本道場」として広く信徒に知られ又、謡曲「鵜飼」はこの縁起によって作られたものである。
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