金沢宿本陣跡かなざわしゅくほんじんあと

金沢宿には2軒の問屋が置かれ、主は名字帯刀が許されていて世襲であった。
金沢宿は慶安年間の初めまでは現在地の北方権現原にあって青柳宿と称していたが、度重なる水害と前年の火災で焼失したのを機に、慶安4年(1651)現在地に移転し金沢町と改称した。

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金沢宿本陣跡
金沢宿本陣跡

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