酒々井宿しすいしゅく(千葉県印旛郡)
- 酒々井大鷲神社(しすいおおわしじんじゃ)
- 酒々井上宿(通称新宿)の鎮守、酒々井宿の入口にある神社。
新宿は一番新しい宿であり、宿の繁栄を祈願した神社と考えられている。
- 酒々井一里塚跡(しすいいちりつかあと)
- 昭和後半まで一里塚が一つだけ残っていた。
江戸時代後期の絵図には道の両側に塚が描かれており、塚の上に松が植わっていた。
ここから成田山までは二里八町(約8.7km)の距離。
- 酒々井八坂神社(しすいやさかじんじゃ)
- この八坂神社の付近にに酒々井宿の中心があったとされている。
酒々井宿四町(上宿、中宿、下宿、横町)の鎮守として祭られている。
- 酒々井地蔵院跡(しすいじぞういんあと)
- 真言宗東光寺の末寺。
本尊は延命地蔵、延宝二年(1674年)に水戸光圀が宿泊したと自身が印した『甲寅紀行』(こういんきこう)の一説に記されている。今は地蔵堂だけが残っている。
- 伝説酒々井の井碑(でんせつしすいのいひ)
- 酒々井の地名の起源となったと伝わり、孝子養老伝説(親孝行息子の井戸から酒が湧いたという酒の井戸の伝説)として有名である「酒の井」を記念した碑。
- 酒々井駅古松碑(しすいえきこまつひ)
- この碑は明治3年10月に枯れた「八抱えの松」(やかかえのまつ)と呼ばれた巨木を記念して建立された石碑。「八抱えの松」の松とは樹齢7-800年、高さ33mとも言われた老松で『成田名所図絵』にその威容が描かれていて、往時を偲ぶことができる。
碑には酒々井宿についても記されている。
≫成田宿へ行く
酒々井宿から成田までの距離が短かったため、通り過ぎる旅人も多く、大きな宿場ではなかったが、八坂神社付近から勝蔵院のあたりに二階建ての旅籠や茶店が並び繁盛していたようである。印旛沼が近かったこともあり、水上交通の拠点としても繁栄した。江戸時代には幕府の牧場である佐倉七牧を管理していた野馬会所があった。
≫佐倉~酒々井を歩く