粕壁宿かすかべしゅく(埼玉県春日部市)

朝江戸を発った旅人の多くは、夕刻にこの粕壁宿にたどり着き、宿を取ったようである。

南北朝時代、新田義貞の家臣春日部氏が当地を領地としたことから「春日部」の地名が生まれた。その後江戸時代には粕壁と表記されるようになり、さらに昭和に入って再び春日部が使用されるようになった。宿場の中心付近には粕壁の地名も残っている。なお、現代の旧街道筋はというと、宅地化が進んでおり、往時の町並みを想像するのは難しいかもしれない。

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東陽寺(とうようじ)
創建は文明年間(1469~)だと伝えられており、現在よりも北に位置していた。当時参詣は引きもきらぬ勢いだったとあるが、寛永元年(1624)の火災により、一切を焼失。しかし、39年の後、現在の地に旧名を復活して小庵が建立された。その後も焼失と再建を繰り返し、現在に至っている。松尾芭蕉が宿泊したとされている。
山中千手観音堂(やまなかせんじゅかんのんどう)
もとは粕壁の山中というところに祀られていた。
俳譜師の増田眠牛は、千手観音を背負ってこの地方を行脚していたのだが、粕壁の米問屋伊勢平の家に滞在するようになった。その後、伊勢平が好意で建てた観音堂で生活するようになり、やがてこの地で一生を終えた。眠牛を慕う人々は、その観音堂の境内に墓標を建て、千手観音を祀って信仰したという。

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粕壁宿 東陽寺入口 山中千手観音堂

前の名所:大枝香取神社