越ヶ谷宿こしがやしゅく(埼玉県越谷市)

日光街道が整備された当初からの宿場として栄えた越ヶ谷宿は、徳川家康が鷹狩りのために頻繁に訪れたことでも知られている。元荒川に突き当たるところ、川に沿って東へ行くと、越谷御殿跡があることからも、その重要性が伺える。明治期の大火で大半が焼失したこともあり、宿の大半は近代化されてしまっているものの、宿内には、古い様式を残している建物もあり、往時の雰囲気を今に伝えている。また、越谷だるまの産地としても有名で、全国各地に向けて出荷されている。

なお、「越ヶ谷」が「越谷」になったのは昭和になってからのことであるため、古くからある地名には「越ヶ谷」、新しくできた場所には「越谷」と、混在している。

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塗師屋(ぬしや)
ところどころに風情を残す町並みに、ひときわ目を引く建物が、塗師屋の屋号の建物である。越ヶ谷宿の往時を感じる事ができる。
越谷御殿跡(こしがやごてんあと)
越ヶ谷には、徳川家康・秀忠が好んだという鷹狩りの拠点として使用された御殿があった。明暦3年(1657)の江戸大火による江戸城焼失の際には、この越谷御殿が将軍の居城として、江戸城二の丸に移された。
越谷だるま(こしがやだるま)
江戸時代の中期、人形師のだる吉が、起き上がり小法師(こぼし)という玩具に達磨大師を描いたのが始まりとされる。年間約40万個のだるまが生産されて全国各地に広く出荷されており、埼玉県の伝統的手工芸品にも指定されている。なお、越谷の他にだるまの産地として有名なのは、群馬県高崎市の高崎だるま、福島県白河市の白河だるまなどがある。

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越ヶ谷宿

前の名所:照蓮院