大門宿だいもんしゅく(埼玉県さいたま市緑区)

大門宿は、本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠6軒であった。
地名は大興寺あるいは大門寺の大門に由来している。天正18年(1590)の徳川家康入国時は、岩槻藩領として大門が元禄10年(1697)日光御成道の宿駅となると同時に幕府領となった。

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本陣表門(ほんじんおもてもん)
大門宿は元禄10(1697)年に正式に発足し、会田家が本陣、問屋を勤めていたため会田本陣とも呼ばれる。会田家は紀伊徳川家鷹場の鳥見役や大門町の名主。茅葺の長屋門だが、番所が付いているのが特徴。将軍は岩槻城に宿泊したので、大門宿では休息する程度であった。昭和44年の解体修理のとき、元禄7年建立、文政7(1824)年修理の銘文が発見された。
脇本陣表門(わきほんじんおもてもん)
この表門は寄棟造り、茅葺で、門構えが半間引っ込む立隠れ、くぐりのあるのが特徴。建立年代は明らかになっていないが、安永5(1776)年の家治の社参に合わせて建てられたものと考えられている。本陣表門と同規模だが、真壁で番所がなく、窓は横に菱子が走るなど、本陣と比べるとやや簡略化されている。
大興寺(だいこうじ)
緑溢れる参道を有する寺。家康より三十石寺領寄進の厚遇を受けたと言われている。日光御成道は本来、この大興寺の塀に沿っていたが、東北自動車道により分断されてしまったため通行不可。そのため、大門北交差点を直進し東北自動車道を越え、東北自動車道に沿った道を進んだところで本来の道と合流する。

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大門宿 本陣表門 脇本陣表門 大興寺

前の名所:大門神社