岩淵宿いわぶちしゅく(東京都北区)
- 道標(どうひょう)
- 板橋道との合流地点。日光御成道は、赤羽駅東口付近の商店街を通過するとT字路に当たり、そこを右折する。道標は、ちょうど宝幢寺の前に設置され、道標には「東 川口善光寺道 日光岩槻道」「西 西国富士道 板橋道」「南 江戸道」と刻まれている。江戸時代の中期、元文5(1740)年12月に了運という僧侶によって造立された。
- 宝幢院(ほうどういん)
- 寛正2(1461)年、宥鎮和尚によって開山され、約150年後に深承阿闇梨および宥鎮和尚が中興した。境内には、区内最古の寛永16(1639)年銘の阿弥陀如来線刻庚申塔がある。板碑型の石塔本体正面には、阿弥陀如来立像と二猿が線刻されている。そのほか、馬持講中の名を刻んだ馬頭観音塔などがあり、この地の歴史を知る上で貴重なものとなっている。
- 大満寺(だいまんじ)
- 鎌倉時代初期の作と伝えられる不動明王像があり、岩淵不動尊として親しまれている。毎年2月3日午後4時頃から節分豆まき大会があり80人程度の参加者で賑わう。山門前には、ワラジを手にした幸福地蔵がある。一切の衆生を救わんがためにそれぞれの願い事が届くように、ワラジを履いて、常に私たちのそばに来て手を差し伸べたいという願いを表現している。
- 正光寺(しょうこうじ)
- 先々代の住職が鏡を集め、溶かして作ったと言われている明治3(1870)年作の観世音菩薩がある。岩淵で一番古い寺として知られ、かつて縁日の植木市が大変な賑わいだったが、昭和53 (1978) 年、ホームレスの不始末により本堂が焼失した。東京都北区都市計画道路図に境内を通り抜ける計画があるためか、30年経った今でも再建されていない。
- 問屋場跡(といやばあと)
- 良質の伏流水を地下130mから汲み上げて酒造りを続ける小山酒造の先に、かつて人馬の継立、助郷賦課などの業務を行う問屋場を現す石碑が建っている。「岩槻街道岩淵宿問屋場跡之碑」と刻まれた石碑は、マンションの植え込みの中にある。ここを過ぎると、新河岸川と荒川に架かる新荒川大橋があり、橋の途中で、東京都から埼玉県へと移る。
≫川口宿へ行く
岩淵宿は荒川(入間川)の渡しを控え古くから賑わいをみせた宿場である。
川口宿と合宿で、月の内16日~晦日まで問屋業務を勤めた。
≫本郷追分~岩淵を歩く