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『新編武蔵風土記稿』によれば、下高野の鎮守の一つで村民持ちとある。明治5年の社格制定に伴い村社になった。大正12年の関東大震災で本殿が全焼し、同14年に再建された。しかし、のち平成13年4月、火災に見舞われ全焼した。現在の本殿は、同年12月に再建されたもの。境内には震災復興記念碑のほか、力石(三基)や馬頭観音、地蔵像がある。
≫岩槻~幸手追分を歩く
『新編武蔵風土記稿』によれば、下高野の鎮守の一つで村民持ちとある。明治5年の社格制定に伴い村社になった。大正12年の関東大震災で本殿が全焼し、同14年に再建された。しかし、のち平成13年4月、火災に見舞われ全焼した。現在の本殿は、同年12月に再建されたもの。境内には震災復興記念碑のほか、力石(三基)や馬頭観音、地蔵像がある。
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