鍋掛宿なべかけしゅく(栃木県那須塩原市)

鍋掛宿は奥州道中の難所那珂川を控え、対岸の堀越と2宿で1宿の機能を果たしていた。
鍋掛の名の由来は、那珂川の川留めにより旅人が溢れ、宿住民が総出で鍋を出し、炊き出しを行なったからで、川留めになると大いに賑わった。

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清川地蔵尊(きよかわじぞうそん)
清川地蔵の建立は、延宝7年(1679年)で、本市の石仏地蔵の中では古いものである。
当時の宿場の生活は決して楽ではないと思われるが、人々の信仰の強さを物語る大きな地蔵である。
お地蔵様は、庶民のあらゆる願いを叶えてくれるものとして信仰されてきた。
特に、清川地蔵は子育て地蔵として地元民の信仰が厚かった。
毎年4月24日の祭礼には集落の女性全員が集まり、ここ清川地蔵様だけに唱える念仏が行なわれている。
芭蕉句碑(ばしょうくひ)
芭蕉が元禄2年(1689年)3月(旧暦)「奥の細道」行に旅立ち、黒羽より高久に向かう道すがら4月16日、手綱をとる馬子の願いにより作り与えた句を碑ににしたものである。
「野を横に 馬牽きむけよ ほととぎす」
この句は、どのあたりでつくられたかは明らかではないが、余瀬より蜂巣を過ぎると野間までは広き野原が続いていたので、この間につくられたものと思われる。
その昔行なわれた那須野の狩を想い起こし「私も武将になったつもりで、いばって命令してみようか」という心境で詠んだものである。
句碑の建立は、文化5年(1808年)10月に、当時鍋掛宿の俳人菊地某外数名によるものと思われてる。
平成5年(1993年)3月、街道景観形成事業により、ここに建て替えられた。
正観寺(しょうかんじ)
ここ正観寺には、樹齢250年になる枝垂桜がある。
本樹は、4月には端麗で美しい花を咲かせる。樹高約15m、目通り周囲約2.8mで、幹は、地上約2mのところで3本に分岐している。
シダレザクラはエドヒガンの一変種で、和名ではイトザクラという。落葉小高木で、枝は横に開出し小枝は下垂する。
幹は老成にして粗渋。葉は互生し有柄で楕円形をしている。樹齢は長く、高さ20mに及ぶものもある。
二十三夜塔(にじゅうさんやとう)
二十三夜塔は勢至菩薩を本尊として祀ったもので、月は勢至菩薩の化身であると信じられていたことから、二十三夜講が全国に広まった。

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前の名所:鍋掛神社