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奥州街道と太田街道の分岐点となっているこの道標は、享保以前頃の設立で、「右江戸海道 左水戸かさま 下だて 下づま」と書かれている。 「馬頭観世音」碑は、幕府下野の名筆家、喜連川藩ゆかりの小山霞外の書で、天保9年(1838年)11月設立である。 ここは氏家宿の南端でもあり、奥州街道は鉤の手に曲がり、木戸番所が設けられていた。
≫白澤~氏家を歩く
奥州街道と太田街道の分岐点となっているこの道標は、享保以前頃の設立で、「右江戸海道 左水戸かさま 下だて 下づま」と書かれている。
「馬頭観世音」碑は、幕府下野の名筆家、喜連川藩ゆかりの小山霞外の書で、天保9年(1838年)11月設立である。
ここは氏家宿の南端でもあり、奥州街道は鉤の手に曲がり、木戸番所が設けられていた。
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