実際に「歩いて」「走って」集めた『人力』旧街道紹介サイト
急坂の12間(22m)の部分を白水坂と呼ぶ。秀吉の小田原攻めで、北条方が双子山中腹から石を落とし撃退したことから、城を見ずに引き返したということで「城見ず坂」になったと言われている。江戸時代の石畳が残り、端には大きな長方形が並び排水路の縁石になっている。
≫小田原~箱根を歩く
急坂の12間(22m)の部分を白水坂と呼ぶ。秀吉の小田原攻めで、北条方が双子山中腹から石を落とし撃退したことから、城を見ずに引き返したということで「城見ず坂」になったと言われている。江戸時代の石畳が残り、端には大きな長方形が並び排水路の縁石になっている。
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