箱根の詳細

■東海道・箱根旧街道を訪ねる(神奈川県)

箱根詳細その1 箱根詳細その2

◇石畳の旧街道・箱根◇

江戸時代初頭、徳川幕府はその支配体制を磐石のものとするため、江戸と各地を結ぶ幹線街道の整備に着手した。 中でも重要な役割を担ったものは「五街道」と呼ばれるようになり、東海道、中山道、甲州街道、奥州街道、日光街道がそれにあたる。 箱根旧街道は東海道の一部に含まれる峠道であり、東海道一の難所とされて多くの旅人たちを苦しめていた。

標高1000mほどの箱根峠が、それほどの難所とされた理由のひとつは、その勾配の厳しさである。 特に橿の木坂という場所には、古くから「橿の木の さかをこゆればくるしくて どんぐりほどの 涙こぼる」などの歌が残されており、 当時の人々がいかに苦労してこの坂を越えていたかが窺われる。 少し具体的な数字を挙げると、橿の木坂に入ってわずか130mほどで高低差は40mも生じる。 建物に例えれば10階だてのビルほどにもなる高さを、130mほどの距離のうちに上がるのだから、どれほどの勾配があるかは想像に難くない。

また、雨や雪などが降ると、足がすねまで泥に沈んでしまうほどで、その歩みは非常に困難となったという。 その状況を憂慮した徳川幕府は、延宝8年(1680年)に公金1400両という大金を費やして、石畳を設置した。 この石畳は数度の改修や補修を重ねて、現在でもその多くを見ることができる。

中でも特に見事なものとして、観光客やハイカーの人気を博しているのが、 箱根峠から元箱根へ下る道にある長さ1kmにもわたって続く石畳である。 元箱根へ向かってこの石畳を歩いていると、眼前に青々しく輝く芦ノ湖が広がり、箱根峠にやってきたという実感が沸いてくる。 また、前述の橿の木坂などをふくむ箱根湯本側の街道にくらべて勾配もゆるやかで、道幅も広く歩きやすくなっている。


長い歴史によって築かれた箱根には、旧街道のみならず様々な楽しみ方がある。 江戸初期創業の甘酒茶屋や、多くの民話・伝承、温泉や美術館、そして魅力的な名産品の数々。 旧街道を歩きながら歴史に思いを偲ばせ、美味しい食事に舌鼓を打ち、民話や名画にふれ、名湯につかり、お気に入りのお土産を探す。

そんな贅沢な一日をむりなく過ごすことができる箱根。 ぜひ機会をみつけて訪れてみてはどうだろうか。


箱根詳細その3
箱根の民話 箱根の名産品