見どころ~熊野古道(本宮大社周辺)~

熊野本宮大社

神門より第三殿(証誠殿)を臨む

熊野三山の中心であり、全国に存在する熊野神社の総本宮、それが熊野本宮大社だ。主祭神は家津御子大神(けつみみこのおおかみ・スサノオノミコト)をお祀りしている。第一から第四の社殿は、国の重要文化財に指定されていて、100年を越える重厚な檜皮葺(ひわだぶ)きの屋根を見ることができる。

八咫烏(やたがらす)という三本足の烏が家津御子大神にお仕えしていたことから、大社では八咫烏の幟が大鳥居や神門の前にはためいている。太陽の化身ともいわれ、また、3本の足は、家津御子大神の神徳である「智」「仁」「勇」、あるいは「天」「地」「人」を表していると言われている。日本を統一した神武天皇を大和の橿原まで先導したという伝説から、導きの神として篤い信仰があるという。

また、境内には「招霊木」とも書く小賀玉(おがたま)の木や、熊野坐(くまのにます)大神のご神木として尊ばれたナギの木があり、かつて参詣した人々は、道中安全や夫婦和合などの祈りを込めて、ナギの葉をお守りとして懐へ入れて持ち帰ったという。

※神門から内側の写真撮影は許可が必要です
※現在、御社殿は屋根改修中のため見られません
 平成24年秋の完了予定

大斎原にあった頃の熊野本宮大社
明治22年に起きた水害で流される前の、大変貴重な写真だ。
かつては熊野坐神社(くまのにますじんじゃ)と呼ばれていた

現在の熊野本宮大社
手前から第一殿・第二殿(相殿)、中央が第三殿、奥が第四殿となっている

大斎原<おおゆのはら>

大斎原は、もともと熊野本宮大社があった場所である。熊野川と音無川、岩田川という3つの川の合流点である中洲に位置し、かつて中州の周囲は木々で囲まれ、現在の約8倍の規模を誇っていたという。

紀元前、第10代崇神天皇の御代に社殿が創建とされているが、明治22年8月の大洪水によって、残念ながらそのほとんどが倒壊して流されてしまい、現在の位置に遷座された。

また、「熊野権現垂迹縁起(くまのごんげんすいじゃくえんぎ)」によると、インドから唐の天台山、九州の彦山、四国の石槌山、淡路の諭鶴羽(ゆずるは)山などを経て降りたった大権現が、新宮東にある阿須賀社の石淵谷に祀られた後、大斎原のイチイの木の梢に三体の月となって現れたのを、熊野部千代定という猟師が発見して祀ったのが、熊野坐神社の三所権現だと伝えられている。

昔は、中洲への橋がなかったため、参詣者は音無川に入り、清流で身を清めてからでなければ、本宮の神域に入ることができなかったいう。「濡藁沓(ぬれわらうつ)の入堂」という、神域に入る前の最後の禊ぎである。

歴代の上皇をはじめ、千年の時を越えて人々が目指した魂の生まれ変わる場所、それが大斎原だったのだ。

※撮影には許可が必要です

大斎原を遠望

現在は2基の石祠がひっそりと祀られている

発心門王子<ほっしんもんおうじ>

王子とは熊野権現の御子神と考えられていて、熊野三山を目指す旅人たちが立ち寄って読経をしたり、休憩などをとったりした場所だった。発心とは仏道に入ることを意味し、この発心門王子から先が熊野本宮大社の神域になる。

ここから熊野本宮大社へは、徒歩約2時間。緩やかな下りが多く、初心者向けのやさしいコースなので、体力に自信のない方もぜひチャレンジしてみてほしい。

1990年に再建された発心門王子

湯の峰温泉

本宮周辺には「湯の峰温泉」「川湯温泉」「渡瀬温泉」の3つの名湯があるが、なかでも「湯の峰温泉」は日本最古の温泉といわれている。

湯の峰温泉にある「つぼ湯」は、世界遺産にも登録されていて、小栗判官が蘇生したという伝説(※「民話を読む」参照)でも有名だ。濁った湯は1日に7回色が変化するといわれ、熊野詣の湯垢離場(ゆごりば)として、その昔から現在にいたるまで人々の疲れた心と体を癒している。

伝説の名湯「つぼ湯」

取材協力 熊野本宮大社、和歌山県観光振興課