見どころ~信仰に彩られた古の里~

那智大社

熊野三山の一つで、全国にある熊野神社の御本社。
主祭神は熊野夫須美神(くまのふすみのかみ)、国産みの神・イザナミノミコトといわれている。
境内には、今からおよそ800年前に平重盛(平清盛の嫡男)が造営奉行として社殿を整えた折に手植えしたものと伝えられる大楠や、藤原秀衡が奥州から持ってきた山桜といわれる秀衡桜などがあり、古くから深い信仰を集めてきたことを実感できる。

那智大社と重盛手植えの大楠

那智大社と重盛手植えの大楠

なお、すぐ隣の青岸渡寺(せいがんとじ)は本来、那智山熊野権現所属の如意輪観音堂であったが、明治の神仏分離令によって廃堂となったものを天台宗の一寺として復興したものだ。

(※神仏分離令・・・明治初年頃に出された、神道と仏教をはっきり区別させる布告)

那智大瀧

ここは、熊野那智大社の起源となった飛瀧神社(ひろうじんじゃ)のご神体で、高さ133m、幅13mと、日光の華厳の滝を上回る日本一の大瀧だ。
昔から多くの修験者が行を積むために訪れている。
また、「この瀧のしぶきに触れると延命長寿の霊験を受ける」といわれているとか。

瀧の上流にある原生林は、古来より斧を入れた事がない区域で、太古の姿を今に伝える貴重なエリアとなっている。

(現在は保護のため一般の入山は禁じられている)

那智瀧

ご神体、那智瀧

大門坂

古道を今に伝える、約600m、267段にわたり続く石畳の道。
かつて坂を上りきったところに仁王像が立つ大門があったことからこの名がついたとされ、通行税を徴収していたという。入り口から歩いてすぐに、振ヶ瀬橋という小さな橋がある。俗界と聖域とを振り分ける、という意味からこの名がついた。その先をさらに進むと、樹齢約800年の夫婦杉が道を挟んで2本、荘厳な門の如くそびえて旅人を出迎えてくれる。苔むした石畳に、杉の古木。一段一段、祈りを込めながら歩いた数多の旅人の記憶を辿りながら、聖地・那智大社を目指してみよう。

振ヶ瀬橋

俗界と聖域の境目、振ヶ瀬橋

夫婦杉

夫婦杉

補陀洛山寺(ふだらくさんじ)

仁徳天皇の治世(300年代)に、インドから熊野灘の浜に漂着した裸形上人によって開山されたと伝えられている。
那智山より下がった僧が住職を務め、平安時代から江戸時代に禁止されるまでの間、住職は最後に補陀洛渡海(※「歴史をたどる」を参照)を行なった(江戸時代以降は亡くなった後、補陀洛渡海の儀式によって水葬を行なうようになった。)

補陀洛山寺

補陀洛山寺

本堂の横には、渡海船を復元したものが展示してあり、また境内の碑には、海の彼方の浄土を目指し船出した人々の名が刻まれている。

巫女さん

舞を捧げる巫女さん(那智大社)

お守り

天狗のお守り

浜の宮王子

浜の宮王子 楠の巨木

渡海船

復元された渡海船