見どころ~甦る、琉球の風~

識名園(しきなえん・シチナヌウドゥン)

ここは、18世紀の終わり頃に造られた琉球王家の別邸で、中国皇帝からの使者である冊封使を歓待するためにも用いられた。
池には中国風の六角堂や琉球石灰岩で作られたアーチ橋が架けられ、随所に琉球ならではの特徴が見られる。
また、園内の「勧耕台(かんこうだい)」からの眺めは広大で、小さな島国というイメージを持たれる琉球であるが、「海が見えないほど大きな国」と冊封使に思わせるための、工夫された場所となっている。

御殿(うどぅん)と六角堂

御殿(うどぅん)と六角堂

第二次世界大戦によって、集中的な攻撃に遭い壊滅的な被害を受けた識名園であるが、昭和50年から整備が進められ、約20年の歳月と約8億円にも上る費用をかけて、現在の姿を取り戻し、2000年12月、ユネスコの世界遺産に登録された。

勧耕台からの眺め

勧耕台からの眺め

識名園管理事務所
■住所    沖縄県那覇市字真地421-7
■電話番号  098-855-5936
■入園時間  4月1日~9月30日 9:00~17:30
10月1日~3月31日 9:00~17:00
■休館日   水曜日(水曜が祝日及び慰霊の日にあたる場合は翌日)
■観覧料金  大人400円、小人200円(20人以上は団体割引あり)

浦添城跡<浦添ようどれ>

13世紀、琉球王国初期の王である英祖(えいそ)王が築いた浦添城。王宮が首里に移った後、1524年に尚真王の長男である尚維衡(しょういこう)がここに居住した。
『歴史をたどる』の項でも紹介した尚寧王は、この浦添城で生まれ育ち、またここにある浦添ようどれの東側の墓室に眠っていて、西側の墓室は英祖王陵と言われている。
「ようどれ」とは、琉球の言葉で夕凪のことをいう。

浦添えようどれの石垣

復元された浦添えようどれの石垣

ここもまた、第二次世界大戦で激戦地となり無残にも多くが破壊されてしまったが、復元によって現在の姿となっている。

首里金城石畳道

1522年、尚真王の治世の時、交通の利便性と沿岸部の防衛を目的に、首里城を起点として南西の国場川に架かる真玉橋(まだんばし)を経由し、那覇港南岸の住吉町までを結ぶ約8kmの「真珠道(まだまみち)」が作られた。
真珠道のほとんどは、第二次世界大戦や戦後の道路整備によって失われてしまったが、琉球王国時代には数多くの石畳道や石橋が存在したという。
首里金城町に残る約300mの石畳道は、約500年前から現存している貴重なものだ。

また、この石畳付近に自生するアカギの巨木が6本あり、いずれも樹齢は200年から300年といわれ、国の天然記念物に指定されている。
静けさの中、空を覆うほど立派に伸びた木々が風に揺れ、神秘的なムードが漂う一画だ。

石畳道(真珠道)

急な坂道の石畳道(真珠道)

アカギの木

樹齢200年以上のアカギの木

玉陵(たまうどぅん)

首里城公園のすぐ近くにある玉陵は、琉球王である尚真王によって1501年に父・尚円王の遺骨を改葬するために、自然の岩山を削って造られたもの。
墓室は3つに分かれ、戦前まで行われていた琉球の葬制によって中室は遺骸を安置する部屋で、数年後に洗骨して骨壷に収め、東室は王と王妃、西室にはその他の王族が葬られた。

世界遺産 玉陵

世界遺産 玉陵(たまうどぅん)

沖縄戦で大部分が破壊されたが、1974年から3年余りの歳月をかけ修復され、2000年に「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として世界遺産に登録された。

玉陵管理事務所
■住所    沖縄県那覇市首里金城町1-3
■電話番号  098-885-2861
■観覧時間  9:00~18:00(受付17:30まで)
■観覧料金  大人300円、小人150円(20名以上は団体割引あり)
識名園の石橋

中国風デザインの石橋(識名園)

金城石畳道のシーサー

金城石畳道でみかけたシーサー

末吉宮

琉球八社の一つ、末吉宮

桜

蕾が開き始めた桜

波之上宮

琉球王国の総鎮守、波之上宮