泣石なきいし

下今井字鳴石のJR中央線と県道との間にあり、現在地より約100m南東にあった。高さ約3.8m、巾約2.7m、奥行約3.7mで中央部から水が流れていたが、鉄道の開通により水脈が断たれてしまった。
天正10年(1582)3月2日、高遠城が落城すると武田勝頼一行は完成したばかりの新府韮崎城に自ら火を放ち、岩殿城に向けて落ちのびて行った。その途中、勝頼婦人はこの地で燃える新府韮崎城を振り返り涙を流したという言伝えがある。

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泣石
泣石

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