近藤勇之像こんどういさみのぞう

慶応4年(1868)3月5日、江戸より大久保剛(近藤勇)率いる幕府軍は、柏尾橋の東詰、鳥居の前に本陣を据え、大砲を二門据えつけ、宿内二箇所に通りを遮る柵門を設け、日川左岸の岩崎山に日野の春日隊を配した。夜にはいたるところで篝火がたかれ、柵の警備に宿の人もかりだされていた。
宿通りを進軍する官軍に対し、幕府軍は次第に後退し柏尾の茶屋に火を放ち、柏尾橋を焼き、橋から鳥居までの坂道に木を切り倒し、官軍の進撃路を防いだ。
結果は、官軍が深沢川の上流から幕府軍の本陣に攻め入ったため、総崩れとなり、甲州街道を江戸に向かい敗走し、1時間ほどで官軍の勝利に終わった。

≫鶴瀬~勝沼を歩く

近藤勇之像
近藤勇之像

前の名所:観音橋
次の名所:柏尾橋