小金宿

小金宿こがねしゅく(千葉県松戸市)

小金宿は、本陣1軒、脇本陣1軒であった。
小金宿には100軒余りの家が立ち並んでいたが、宿場町としてはそれほど大きくなかったといわれている。しかし、付近に幕府の軍馬牧場があったため、重要な役割を担っていた。また、旅籠が多く設置され、江戸時代末期に作られた旅籠「玉屋」が残されている。

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一月寺(いちがつじ)
正嘉年間に金先古山禅師によって創建されたと伝えられている。ところが、明治政府の方針により、幕府と縁の深い普化宗自体を廃止されたので、以降僧侶は僧侶資格を失い、近くの萬満寺の助力を得ながら在家が管理する形となった。昭和30年代、妙縁寺総代であった佐藤悦三郎の仲立ちにより、日蓮正宗に改宗。「いちがつじ」と読みを変更して現在に至る。
旅籠玉屋(はたごたまや)
この街道は旧水戸街道として有名だが、成田街道の道筋でもある。小金宿には旅籠が多く、鈴木家は代々惣右衛門を名乗り、玉屋の屋号で徳川時代後期の旅籠の原型を留めている。当時の小金宿では鈴木、月見里、綿貫、湯浅、芦田、安蒜、大熊が役職に従事していたが、いまだ姓は現存している。
東漸寺(とうぜんじ)
文明13(1481)年、経譽愚底運公上人により開創。その約60年後、現在地に移された。檀林となった東漸寺は、広大な境内を持ち、多くの建物を擁した。大改修が成就した享保7(1722)年には本堂、方丈、鐘楼、開山堂、正定院、東照宮、鎮守社など20数カ所もの堂宇を擁し、末寺35カ寺を数え、大寺院へと発展した。明治初頭に、明治天皇によって勅願所となった。
水戸街道道標・八坂神社跡碑(みとかいどうどうひょう・やさかじんじゃあとひ)
東漸寺を過ぎると、旧水戸街道は北小金駅にあるサティ前の交差点で右に折れる。サティは旧八坂神社の敷地に作られており、サティの西南の角には旧水戸街道の道標(水戸道中と彫られている)が残されている。ちなみに、駅前通りを北小金駅に向かって直進する道は、駅から北へ800mのところにある本土寺への参道。

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前の名所:蘇羽鷹神社
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