牛久宿うしくしゅく(茨城県牛久市)

牛久宿は、本陣1軒、脇本陣0軒、旅籠15軒であった。
水戸街道のほぼ中央に位置する重要な宿駅であった。

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芋銭河童碑道(うせんかっぱひみち)
芋銭とは、生涯のほとんどを茨城県の牛久沼のほとりで暮らした日本画家、小川芋銭のこと。水辺の生き物や魑魅魍魎への関心も高く、特に河童の絵を多く残したことから『河童の芋銭』として知られている。芋銭河童碑とは、彼の功績を称えた碑。碑の近くには、複製画や芋銭の愛用品が展示されている小川芋銭記念館がある。
明治天皇牛久行在所跡(めいじてんのううしくあんざいしょあと)
明治天皇牛久行在所跡 黒塀をめぐらした旧家、飯島家の門脇にある明治天皇牛久行在所跡。これは明治17年の明治天皇女化原行幸の際の宿所を記念した碑で、牛久という片田舎に明治天皇が訪れたことを物語っている。当時としてはビッグトピックで、牛久から女化間の臨幸道の改修や牛久沼東岸の新道の建設などが行われた。
正源寺(しょうげんじ)
牛久宿の通りが緩やかに右にカーブするところに鎮座する正源寺。境内には、推定樹齢400年の日本特産のトチノキがある。楼上は戦前まで鐘楼門で、山門と鐘楼が一つ家だった。そして、山門の前では石像の仁王様が訪れる人を出迎えてくれている。この正源寺、池波正太郎作品『鬼平犯科帳・雲竜剣』にも登場する。

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牛久宿 芋銭河童碑道 明治天皇牛久行在所跡 正源寺

前の名所:旧道