醒井宿さめがいしゅく(滋賀県米原市)

本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠11軒で小さな宿であったが、名水の里として名を馳せ、清水が豊富で旅人の休憩地であった。宿内には、地名の由来となった「居醒の清水」をはじめ「十王水」「西行水」などが、今も湧き出している。

≫柏原~醒井を歩く

加茂神社(かもじんじゃ)
ここ加茂神社には、名水「居醒(いさめ)の清水」がある。
日本武尊が伊吹山の荒ぶる神と戦い、傷ついた体の毒を洗い流した霊水とも伝えられる。
地蔵菩薩(じぞうぼさつ)
嵯峨天皇の時代、百日を越える旱魃が続いたことがあった。降雨の命を受けた伝教大師は、夢の中で、「東に清浄な泉がある。そこへ行って雨を求めよ。」とお告げを受ける。伝教大師が泉を尋ねてこの地に来た際に、白髪の老翁が忽然と現れ、「私はこの水の守護神である。ここに地蔵尊の像を刻み安置すれば、雨が降り草木も生き返るであろう。」と言って水の中へ消えた。早速石工を集めて坐像を刻んで祈念したところ、大雨が三日降り続き、緑は甦ったという伝説が残っている。
本陣跡(ほんじんあと)
醒井宿の本陣があった。現在は食事どころになっている。
問屋場跡(といやばあと)
現在も遺構が残っており、市の指定文化財になっている。
了得寺(りょうとくじ)
境内にある御葉附銀杏(おはつきいちょう)には、毎年8月から11月上旬頃の間、数多くの銀杏を実らせるが、その一部は葉面上についている。このように葉面上に銀杏を生じるものは少なく、貴重なものとされており、国の天然記念物として指定されている。
十王水(じゅうおうすい)
平安中期、天台宗の高層「浄蔵法師」が諸国遍歴の途中、この水源を開き、仏縁を結んだと伝えられている。「浄蔵水」と称すべきところを、近くに十王堂があったことから、「十王水」と呼ばれるようになった。
泡子塚(あわこづか)
西行法師東遊でこの泉で休憩したところ、茶店の娘が西行に恋をし、西行の立った後に飲み残しの茶の泡を飲むと、不思議にも懐妊し、男子を出産した。その後関東からの帰途でまたこの茶店で休憩したとき、娘よりことの一部始終を聞いた法師は、

水上は 清き流れの醒井に 浮世の垢を すすぎてやみん

と詠むと、児はたちまち消えて、もとの泡になったという伝説が残っている。

六軒茶屋(ろっけんぢゃや)
幕府の天領であった醒井宿は、享保9年(1724)、大和郡山藩の飛地領となった。藩主・柳沢候は、彦根藩・枝折との境界を明示するため、中山道の北側に、同じ形の茶屋六軒を建てた。この六軒茶屋は、中山道の名所となり、安藤広重の浮世絵にも描かれている。

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前の名所:八幡神社