実際に「歩いて」「走って」集めた『人力』旧街道紹介サイト
明治13年の大火により町家の大半が焼失した本町地区は、防火を考慮し、土蔵造り瓦屋根葺きの町家が増えた。この山田家は、北側の通りに向かって熨斗瓦積みの棟瓦、鬼瓦及びカゲ盛を見せる屋根、それを受ける3段の軒蛇腹、2階の2つの窓に備え付けられた軸吊り形式の防火扉、そしてなによりも漆喰で仕上げられ黒く塗られた外壁はとても風情がある。
≫倉賀野~高崎を歩く
明治13年の大火により町家の大半が焼失した本町地区は、防火を考慮し、土蔵造り瓦屋根葺きの町家が増えた。
この山田家は、北側の通りに向かって熨斗瓦積みの棟瓦、鬼瓦及びカゲ盛を見せる屋根、それを受ける3段の軒蛇腹、2階の2つの窓に備え付けられた軸吊り形式の防火扉、そしてなによりも漆喰で仕上げられ黒く塗られた外壁はとても風情がある。
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