鴻巣宿こうのすしゅく(埼玉県鴻巣市)

鴻巣宿は江戸から7番目の宿場である。宿場には徳川家康、秀忠、家光が鷹狩りの際に宿泊所とした鴻巣御殿があった。
しかし、鴻巣宿はもともと北本市にあり、中山道を整備したとき、北本宿を鴻巣宿として移設してできた。

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浅間神社(せんげんじんじゃ)
浅間神社は、富士山の神霊浅間大神と木花咲耶姫命を主祭神とし、富士山本宮浅間大社(静岡県富士宮市)を総本社とする神社である。
雛屋歴史資料館(ひなやれきししりょうかん)
吉見屋人形店の蔵をそのまま使用した歴史資料館。
人形や写真などがが展示されている。
鴻巣宿碑(こうのすしゅくひ)
ここより、鴻巣宿に入る。鴻巣宿(江戸回り七番目の宿)と記載あり。
鴻巣本陣跡(こうのすほんじんあと)
このあたりに本陣があった。今は「鴻巣本陣跡」という標石がたっているだけである。
問屋場跡(といやばあと)
このあたりに問屋場があった。
問屋場とは大きく二つの仕事があり、一つは人馬の継立業務で、もう一つが幕府公用の書状や品物を次の宿場に届ける飛脚業務であった。
鴻神社(こうじんじゃ)
鴻巣宿の中心にあった氷川社、熊野社、雷電社を明治6年に合祀し鴻三社と号したのが始まり。
池元院(ちげんいん)
蘭渓堂碑(らんけいどうひ)がある。
蘭渓堂如水、本名は北岡仙左衛門俊之と言い、書道を長年教えてきた。
明治14年8月門弟たちによって筆塚が建立され、郷土の子弟教育に生涯を捧げた如水翁の功績を称えて、この碑が建てられた。

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