扇塚おうぎつか

能楽喜多流(北流)は、江戸時代井伊藩の手厚い保護を受け、この地で発展した。9代目家元、健志斎古能(号湖遊)は隠居したのち数年間彦根にいて、多くの門人の育成と能楽の発展に力を尽くした。
いよいよ彦根を去り江戸に帰るとき、門人たちの所望に応じて記念に「面と扇」をあたえた。
その面影を残すために、門人たちはこの地に塚を建てたのである。もともと一対だったとおもわれるが面塚の行方はわからない。

右側面 享和元年(1801年)酉夏 喜多古能
左側面 豊かなる時にあふぎのしるしとてここにもきたの名を残しおく

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扇塚
扇塚

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