宇都宮宿うつのみやしゅく(栃木県宇都宮市)

宇都宮城の城下町であり、「当町は日光街道第一の繁昌の地にして、町48丁ヨ、通り抜け40丁ヨ」といわれた。奥州街道及び諸街道の要路にあたり、今も県庁所在地として賑わっている。地名の由来は諸説あり、崇神天皇の第一皇子豊城入彦命が総督となった時、宇津くしき宮と呼ばれたことからとか、二荒山神社の別名宇津宮大明神からくる名とか、諸説がある。

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蒲生君平勅旌碑(がもうくんぺいちょくせいひ)
明治天皇の命により宇都宮藩知事の戸田忠友奉行が1869年に蒲生君平の遺功を追賞したもの。蒲生君平は学者・尊王家として知られ、1808年に天皇陵について考証した山陵志を著わした。市指定有形文化財。
新町のけやき(しんまちのけやき)
樹齢は推定800年で、江戸時代から宇都宮城下の入口に立っており、旅人の目印となっていた。栃木県指定天然記念物。
台陽寺(たいようじ)
戊辰戦争で戦死した宇都宮藩士の墓がある。また、境内には、子安地蔵尊も祀られている。
熱木不動尊(ねぎふどうそん)
康平2年(1059)宇都宮宗円が多気山頂上に陣を張ったとき、戦勝を祈願して彫った三体の不動の一つだという。
一向寺(いっこうじ)
宇都宮景綱を開基として、建治2年(1276)に創建された。この寺の阿弥陀如来坐像は、汗かき阿弥陀といわれ、宇都宮家に凶変がある時は仏体に汗が流れるといわれた。 応永12年(1405)に造られたとされ、国の重要文化財に指定されている。
追分(おいわけ)
日光街道と奥州街道の分岐点。直進するのが奥州街道、左折して清住町通りを行くのが日光街道。
三峯神社(みつみねじんじゃ)
天保3年(1832)武州三峰山(火防の神)の分身を頂き建立祭祀したのが始まりと云われている。
宝勝寺(ほうしょうじ)
鎌倉時代に宇都宮景綱が蓮池の底から救い出した阿弥陀如来のために草庵を建てたのが開基という。
桂林寺(けいりんじ)
応永3年(1396)の開山で、元和6年(1620)に現在の場所に移された。境内には蒲生君平の墓がある。

蒲生君平
明和5年(1768)宇都宮新石町(現・小幡1丁目)に生まれ、儒学者・尊王論者としてその名を知られた。15歳の時に鹿沼の鈴木石橋・麗澤塾に入塾、毎日鹿沼までの三里を往復したという。途中にある黒川の氾濫で橋が流されても着物・下駄を頭にくくりつけて川を渡り、そのままフンドシ一つの姿で鹿沼宿の町中を歩いて狂人と笑われるなど、既に子供の頃から「奇人」の素養があったようである。

琴平神社(こんぴらじんじゃ)
四国で有名な金比羅さんが宇都宮にも祀られているが、由緒などは不明のようである。

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前の名所:不動尊