戊辰の役古戦場ぼしんのえきこせんじょう

慶応4年(1868)閏4月25日早朝、薩摩・長州・大垣藩などの兵約200人が白河口を攻撃してきた。会津・仙台・棚倉藩の兵が白河小峰城の南西方向にある稲荷山に陣を取り、一旦敵を退けるが、5月1日再び攻撃を受け、会津藩家老西郷頼母を総督として迎え撃ったが、壮絶な戦いにより、この日だけで約700名もの戦死者を出し敗走した。 この地は白河口の戦いの激戦地で、現在、南側には「長州大垣藩戦死六人之墓」が、また、北側には「会津藩戦死墓」と松平容保公の題字による「銷魂碑」がある。

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戊辰戦役の碑
戊辰戦役の碑

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