弥五郎坂やごろうざか

早乙女坂といわれたところで、天文18年(1549)、2000余騎の宇都宮尚網の軍と500余騎の喜連川城主塩谷氏とが戦い、宇都宮尚綱が鮎瀬弥五郎の矢で戦死、大将を討たれた宇都宮軍は敗退した。坂の名は、この鮎瀬弥五郎にちなんでいる。

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弥五郎坂
弥五郎坂

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