桶狭間古戦場跡おけはざまこせんじょうあと

1560(永禄3)年5月19日、小勢の織田信長が今川義元の大軍を破った古戦場で国の史跡。東海道では池鯉鮒(知立)宿と有松宿の間に位置するが、両軍とも東海道を通ってはいない。
1809(文化6)年、秦鼎の撰文により津島の神主・氷室豊長が建てた『桶峽弔古碑』に「永禄3年、駿侯西征のため、5月19日桶峽の山北に陣す、織田公奇兵を以って之を襲い、駿侯義元を滅す」の一文がある。2万5千の兵をもって2千の織田軍に敗れ、首を討ち取られた義元の墓周辺は小さな公園として整備されている。近くの高徳院境内に今川義元本陣跡があり、その背後の丘陵を信長は駆け下って奇襲したとも伝えられているが定かではない。

≫池鯉鮒~鳴海を歩く

桶狭間古戦場跡
桶狭間古戦場跡

前の名所:阿野一里塚
次の名所:高徳院