石部宿いしべしゅく(滋賀県湖南市)

本陣2軒、脇本陣0軒、旅籠32軒の宿場であった。
ここ石部宿は、京都を朝立つと石部に夕方着くことから「京たち石部泊まり」と言われた。

≫水口~石部を歩く

東見附跡(ひがしみつけあと)
見附は、桝形城門の俗称で、番兵が通行人を見はるところから、「見附」といった。宿場の街頭の出入口にも見付が構築されたが、それは土手状のもので、石部宿の場合、東西二ヶ所にあった。見付の西側には、目見改場がそれぞれ設けられている。
吉姫神社(よしひめじんじゃ)
創祀年代不詳。御旅所のある上田の地に斎き祀られていたが、明応年度兵火によりこれを焼失し、天文三年に現在の地に祭祀された。境内には南北朝時代作の木造狛犬や万病に効能あらたかな宮前の湧き水がある。
小島本陣跡(こじまほんじんあと)
小島本陣は、慶安三年(1650)吉川代官屋敷あとに創建され、承応元年(1652)に膳新藩主本多俊次公、康将公に忠勤の功により本陣職を拝命された。なお、明治天皇も御宿泊され、明治天皇聖跡碑が残っている。
石部の一里塚跡(いちりつかあと)
日本橋から116番目の一里塚。
西見附跡(にしみつけあと)
見附は、桝形城門の俗称で、番兵が通行人を見はるところから、「見附」といった。宿場の街頭の出入口にも見付が構築されたが、それは土手状のもので、石部宿の場合、東西二ヶ所にあった。見付の西側には、目見改場がそれぞれ設けられている。

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石部宿 東見附跡 吉姫神社 小島本陣跡 石部の一里塚跡 西見附跡

前の名所:夏見立場跡