裁断橋跡さいだんばしあと

宮の宿の東のはずれを流れる精進川の東海道筋に架かっていて、現在の姥堂の東側にあった。天正18年(1590)に18歳になるわが子堀尾金助を小田原の陣で亡くし、その菩提を弔うために母親は橋の架け替えを行った。33回忌にあたり、再び架け替えを志したが、それも果たさず亡くなり、養子が母の意思を継いで元和8年(1622)に完成させた。この橋の擬宝珠に彫られている仮名書きの銘文は、母が子を思う名文として、この橋を通る旅人に多くの感銘を与えた。現在は裁断橋も縮小されたが、擬宝珠は市の指定文化財で市博物館に保存されている。

≫鳴海~宮を歩く

裁断橋跡
裁断橋跡

前の名所:笠覆寺
次の名所:宮宿