煉瓦銀座の碑れんがぎんざのひ

明治5年(1872)、和田倉門から出火した火事は、銀座一帯から築地にまで及ぶ大火となった。時の府知事由利公正は、不燃性の街づくりを強く主張。銀座通りに面してレンガ造りの二階建アーケード式建築が並んだ。ここは通称煉瓦通りと呼ばれ、銀座通り商店街形成の基礎となった。

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煉瓦銀座の碑
煉瓦銀座の碑

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