泉岳寺せんがくじ

播州赤穂の城主浅野家の菩提寺。浅野家代々の墓とあだ討ちを果たした大石以下46人の墓がある。ゆかりの者に報告させるため、門前で加盟者のうちただ一人の足軽寺坂吉右衛門を逃がし、泉岳寺に着いたのは46人。主君の墓へ詣でた後、寺僧たちから粥や酒の接待を受けたという。討ち入りに先立ち、元禄 15年(1702)1月14日に自害した萱野三平の供養塔といわれているものと、慶應4年(1868)建てられた寺坂吉右衛門の供養塔がともにある。泉岳寺の義士の墓に通じる道沿いには「主税(ちから)の梅」「血染め(ちぞめ)の梅」「瑶池梅(ようちばい)」などと名づけられたウメが春の香りを運び、義士の忠誠を今に伝えている。主税の梅は元禄16年(1703)2月4日に大石主税が松平隠岐守三田屋敷に於ける切腹の書院前庭の梅である。血染めの梅は浅野長矩公が田村邸で切腹を命ぜられ、磯田源太夫が介錯の時、血潮がほとばしって傍らの庭石と梅にかかったと言われる。明治39年卑に田村家移転の時、泉岳寺に移植されたもの。瑶池梅は義士の墓守りをした妙梅尼が瑶泉院(浅野長矩公夫人)から頂いた鉢植の梅を地におろしたものでこの名が付けられている。

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泉岳寺
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