品川宿(東京都品川区)

江戸四宿(ししゅく)の一つ。旅人のみならず、見送りや迎えの人でも賑わった。また、八代将軍徳川吉宗が植えさせたという「御殿山(ごてんやま)」の桜、紅葉狩りの「海晏寺」という名所もありまた、宿場女郎もよく知られて、江戸近郊の遊興地として賑わった。品川宿は、北品川宿と南品川宿に、江戸中期以降につくられた歩行新宿(かちしんしゅく)を加えた3宿で構成された。 当時の宿場の中心は、京浜急行線の北品川駅から青物横丁駅にかけての辺りである。

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問答河岸(もんどうがし)
かって海岸先に波止場があり、3代将軍徳川家光が東海寺に入るとき、沢庵和尚が迎え出て問答をした故事にちなむ。

将軍「海近くして東(遠)海寺とはこれ如何に」
和尚「大軍を率いても将(小)軍と言うが如し」

この東海寺、今は海岸線からずいぶんと離れた位置にあるが、何ともほほえましい情景が浮かぶ。

土蔵相模跡(どぞうさがみあと)
高杉晋作、伊藤博文など、幕末の志士たちが密議をした大妓楼。その後「さがみホテル」となり、現在では近代的なビルが建っている。柵に囲われた中に説明板のみがあり当時の面影はない。
法禅寺(ほうぜんじ)
芝増上寺の末寺で開創は1384年、宗派は法然上人がひらいた。門前には品川小学校発祥之地と記した碑があり、品川区で一番古い小学校は明治7年に誕生した。
一心寺(いっしんじ)
1855年、山村一心によって成田山分身の不動明王を本尊として洲崎弁天境内に堂を建て安置したのが始まりという。昔より延命・商売の守りといわれ東海七福神の寿老人に指定されている。
養願寺(ようがんじ)
「品川の虚空蔵さま」と親しまれる虚空蔵菩薩がある。4月と11月が大祭。7のつく日には縁日がある。 また東海七福神の布袋に指定されている。
聖蹟公園(本陣跡)(せいせきこうえん)
江戸時代は、大名が宿泊する本陣が置かれた。明治天皇が休憩した行在所としても使われたことから「聖蹟」の名が残る。品川宿の本陣は、はじめ南北の品川に一軒づつあったようだが、南品川宿は廃れ、江戸時代中頃から北品川宿本陣のみとなったようである。
品川神社(しながわじんじゃ)
北品川宿の鎮守。6月の大祭は「北の天王祭」と呼ばれ53段の階段を神輿が上り下りする。境内には宝物殿や神楽殿、板垣退助の墓や富士塚(擬似富士登山が出来る)がある。 また東海七福神の大黒天に指定されている。

【東海七福神】
大黒天:品川神社、 布袋:養願寺、 寿老人:一心寺、 恵比須:荏原神社、 毘沙門天:品川寺、 福禄寿:天祖諏訪神社、 弁財天:磐井神社

荏原神社(えばらじんじゃ)
南品川宿の鎮守。6月の大祭「南の天王祭」は13町会の神輿が連合でねり歩く。猟師町の人達が海中に神輿を繰り出す勇壮な「かっぱ祭り」は有名。また、東海七福神の恵比寿に指定されている。

【東海七福神】
大黒天:品川神社、 布袋:養願寺、 寿老人:一心寺、 恵比須:荏原神社、 毘沙門天:品川寺、 福禄寿:天祖諏訪神社、 弁財天:磐井神社

品川橋(しながわばし)
東海道五十三次では、日本橋の次の本格的な橋が品川橋(八ツ山橋は明治以降、鉄道建設のため架けられたもの)です。橋の上が庭園になっているのも珍しく、休憩できます。
天妙国寺(てんみょうこくじ)
日蓮の直弟子、天目上人が開祖と伝えられる、将軍家の保護を受け、文化財も多い。また、桃中軒雲右衛門、お祭り佐七、伊藤一刀斎、斬られ与三郎(芳村伊三郎)お富など 有名人のお墓も多い。
品川寺(ほんせんじ)
区内で一番古い寺、寺の入口には「江戸六地蔵」の一つが鎮座。境内の「洋行帰りの鐘」は幕末、パリ万国博に出品されたあと行方不明になり、昭和5年にジュネーブ市から返還され、これが縁で品川宿との交流が始まった。品川寺は、江戸六地蔵の一つであると同時に、地域にある東海七福神の一つともなっている。

【江戸六地蔵】
東海道:品川寺、奥州街道:東禅寺、甲州街道:太宗寺、
中山道:真性寺、水戸街道:霊巌寺、千葉街道:永代寺

【東海七福神】
大黒天:品川神社、布袋:養願寺、寿老人:一心寺、恵比須:荏原神社
毘沙門天:品川寺、福禄寿:天祖諏訪神社、弁財天:磐井神社

海晏寺(かいあんじ)
執権北条時頼が、鎌倉建長寺の蘭渓道隆を迎えて開山したと伝える。墓地には、幕末の福井藩主松平春嶽、土佐藩主山内豊信、それに岩倉具視などの墓があるが、一般の参拝は認められていない。また、江戸有数の紅葉の名所。
浜川橋(はまかわばし)
涙橋と呼ばれる橋は江戸に二つある。ひとつは千住にある小塚原刑場跡近くの思川(おもいがわ)に掛かっていた橋で、もう一つが、この品川、鈴ヶ森刑場跡付近の立会川に掛かっていた橋である。いずれも刑場跡近くにあることに深い関連があることは、想像に難くない。千住の涙橋は、地名に名を残す程度で面影は無いが、品川の涙橋は現在浜川橋と名を変えて、今も橋としての役割を果たしている。

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品川宿 問答河岸の碑 土蔵相模跡 法禅寺 一心寺 聖蹟公園(本陣跡) 品川神社 荏原神社 品川橋 天妙国寺 品川寺 海晏寺 浜川橋

前の名所:泉岳寺