白隠禅師の碑はくいんぜんじのひ

「駿河には過ぎたるものが二つあり、富士のお山に原の白隠」とうたわれた白隠禅師は、駿河国原宿長沢家の三男として貞享2年(1685年)に生まれ、幼名を岩次郎と言った。
15歳の時松蔭寺で出家、慧鶴(えかく)と名づけられ、19歳より諸国の旅を重ね、精魂を尽くして修行を積み、享保2年(1717年)松蔭寺の住職となり、翌3年34歳の時京都妙心寺の第一座となった。
その後、禅の大衆化を図りついに500年に1人と言われるほどの高僧となり、臨済宗中興の祖と仰がれた。

≫沼津~原を歩く

白隠禅師の碑
白隠禅師の碑

前の名所:松蔭寺
次の名所:原宿本陣跡