土山宿つちやましゅく(滋賀県甲賀市)

土山宿は、上方へ向かう旅人が、鈴鹿峠を越えて最初に入る宿場である。当時は、小田原宿や三島宿と同様に賑わっていた。

≫坂下~土山を歩く

土山一里塚跡(つちやまいちりつかあと)
土山町内設置場所は山中地先、土山地先、大野市場地先であったが現在その跡はほとんど残っていない。塚の規模はおよそ高さ2.5m、円周12mの大きさであったと伝えられている。土山地先の一里塚は、土山町北土山の大森慶司宅付近にあったと伝えられ、この付近の字名は一里山と名づけられている。
二階堂脇本陣跡(わきほんじんあと)
二階堂脇本陣跡である。
伝馬館(てんまかん)
土山宿伝馬館
開館時間:午前9時~午後5時
休館日:月・火・年末年始
入場料:無料
問屋場跡(といやばあと)
土山宿の問屋場は、中町と吉川町にあったとされるが、問屋宅に設けられていたこともあり、時代と共にその場所は移り変わってきた。明治時代の宿駅制度の廃止にともない問屋場も廃止されたが、その施設は成道学校として利用された。
土山宿本陣跡(つちやましゅくほんじんあと)
土山宿本陣は、寛永11年(1634)、三代将軍徳川家光が上洛の際設けられた。土山氏文書の「本陣職之事」によってわかるように、甲賀武士土山鹿之助の末裔土山喜左衛門を初代として之を勤めた。本陣は当時の大名、旗本、公家、勅使等が宿泊したもので、屋内には現在でも当時使用されていたものが数多く保存されており、宿帳から多くの諸大名が宿泊したことを知ることができる。
大黒屋本陣跡・高札場跡(だいこくやほんじんあと・こうさつばあと)
土山宿の本陣は、土山氏文書の「本陣宿の事」によって、甲賀武士土山鹿之助の末裔土山氏と土山宿の豪商大黒屋立岡氏の両氏が勤めていたことがわかる。大黒屋本陣の設立年代については、はっきりと判らないが、旅籠屋として繁盛した大黒屋が土山本陣の補佐宿となっている。古地図によると、当本陣の規模は、土山宿本陣のように、門玄関、大広間、上段間をはじめ多数の間を具備し、宿場に壮観を与えるほどの広大な建築であることが想像できる。

≫水口宿へ行く

土山宿 土山一里塚跡 二階堂脇本陣跡 伝馬館 問屋場跡 土山宿本陣跡 大黒屋本陣跡・高札場跡

前の名所:田村神社