鈴ヶ森処刑場跡すずがもりけいじょうあと

鈴ヶ森処刑場は、慶安4年(1651)に芝高輪にあった仕置場(処刑場)を、処刑者の増加に伴って移転して作られました。ここで処刑された人数は10万人とも言われていて、そのうち4割は冤罪だったとも。処刑された有名人には、慶安事件に関わった丸橋忠弥を始めとして、平井権八、天一坊、八百屋お七、白木屋お駒などがいた。今でも、実際に使われていた磔台(はりつけだい)と火炙台(ひあぶりだい)が保存されている。

【丸橋忠弥(まるはしちゅうや)】
江戸時代の浪人で、由井正雪の片腕と言われた。友人の世話で、江戸に宝蔵院流槍術の道場を開く。その後、由井正雪と出会い、正雪の幕府転覆計画に加担する。しかし、忠弥が借金の取立て人などに計画を喋ったため、幕府に計画が露見してしまう。そのため捕縛され、磔にされて処刑された。(慶安事件)
辞世の句は、
雲水の ゆくへも西の そらなれや 願ふかひある 道しるべせよ

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鈴ヶ森処刑場跡
鈴ヶ森処刑場跡

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