和田の道標わだのどうひょう

東海道分間延絵図には「脇道として神戸城下町へ三里半、白子町へ三里、若松村へ三里三十四丁」と記され、亀山城下より亀山藩領若松港への重要道路であった。市内に残る道標の中で最も古いものである。

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和田の道標
和田の道標

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