子だが橋碑こだがばしひ

およそ一千年前菟足神社には、人身御供があり、春の大祭の初日にこのあたりの街道を最初に通る若い女性を生贄にする習慣があったと伝えられている。 橋の名前の由来は、「子だが止むを得ん」と生贄にして神に奉ったことから「子だが橋」と呼ぶようになったという。「子断が橋」ともいわれ、明治時代には「小田橋」となった。

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子だが橋碑
子だが橋碑

前の名所:瓜郷遺跡
次の名所:伊奈一里塚跡