実際に「歩いて」「走って」集めた『人力』旧街道紹介サイト
木賃宿は、旅人が米を持参し、薪代を払って自分で米を炊くか、または炊いてもらう。 「木賃」とはこのときの薪の代金、つまり木銭(きせん)を意味している。 江戸時代以前には木賃宿が宿泊の本来の姿でしたが、庶民の旅が盛んになるにつれ、次第に旅籠屋が増えた。そのため、宿代も天保年間(1830~1844年)には、旅籠屋は木賃宿の5倍以上もするということで、木賃宿は安宿の代名詞となってしまい、場所も宿場のはずれなどにあった。